下丸子
東急多摩川線 下丸子駅

下丸子商栄会

商店街一覧

思い出したほうがいい忘れていることを、思い出させる街。

 東急多摩川線、下丸子駅に降り立った。ここは、ぼくが結婚当初暮らした街である。東急東横線の多摩川駅と京浜東北線蒲田駅の間に位置し、どちらかというと洒落た東横沿線のイメージというよりは、蒲田のイメージに近い。が、もっと素朴で控えめな下町といったところだ。駅は線路を挟んで2つの改札がある。環八に程近い出口は、どちらかというと新しい佇まいのお店が点在しているが商店街という感じではない。もう一方の多摩川駅に向かう方向の改札出口を抜けると、商店街が蜘蛛の巣のように広がっている。こちらがメインだろう。出口を右に曲がると、①すぐに左に曲がる道と②左に曲がったら右に曲がる広めの道、③まっすぐ行く道、④まっすぐ行ってすぐ右に曲がる道、それぞれに商店街がある。②と④の道は商店街らしく、いくつものお店が並んでいる。この2つを軸に、4つの道をいくつかある小路を使うことで縦横に織り巡ると、それはそれでおもしろい出会いが楽しめる。
まず②の道、改札を右に出て、すぐ左に曲がりまたすぐに右に行くちょっと太めの道。ここには昔懐かしい店々が並ぶ。使い古した透明のショウケースに郷愁を覚える鮮魚店。その日おすすめの魚は、チラシの裏紙に書かれていた。向かいぐらいには、ごま油で揚げていると思われる古びた天ぷら屋。もちろん店内で食べられるようだが、入り口横には持ち帰り用のケースも見える。覗いてみると衣がしっかり茶色に揚げられたおいしそうな天丼があった。白っぽいというか黄色っぽい衣が好きな方には向いてないだろうが、この褐色は食欲を煽る。その先にはステーキハウス。店舗は、その狭さに旨さを感じさせる。ランチもいろいろあるようで、さっきの天ぷら屋も捨てがたいし、ステーキもいいし、とうれしい難題がもたらされることだろう。
 この商店街から右横に曲がる小路を通ると③の道に出る。改札を右に折れたまっすぐの道だ。ここの道にはかつて昭和の息遣いそのままの食堂があった。ぼくが住んでいた2000年頃はまだあったが、いったいいつなくなってしまったのだろう。休日出勤分の平日休みの昼下がりに、ふらりと訪れたくなるいい店だった。引き戸を開けると、中は木の柄がプリントされたテーブルが8テーブルぐらい(だったか)あり、緑色のビニールの座面の椅子に、片隅には一人ビールを傾けている高齢の方がいつもいるような、そんな食堂の見本のような店だった。お店の隅の上にはお決まりの20型ぐらいのテレビがあり、いわゆるメロドラマや夏になると高校野球を映していた。中華そばとかオムライスとか日替わり定食とかを食べていたのだが、肝心の味のほうはさっぱり覚えていない。ただ、食堂の静かな雑音に囲まれて食べる風景は逸品だった。どうしてこの店を忘れていたんだろうとまじめに悔やむ。
この道の先は、あっという間に商店街が終わるのだが、あきらめずまっすぐ進むと左手に英国調?のパン屋が出現する。そこまで行ったなら引き返すほうがいい。あとは住宅だけだから。戻る左手をちらりと見ると、“日替わりランチ”という看板が置かれているのに気づく。なんとも怪しいような不思議な、店名ともメニューともつかない名前。昔あったかなあと思いながら、かなり気になるので飛び込みことにした。「ごめんねー、今日は終わっちゃったの」。ドアを開けたとたん、優しく届く。そうか、もう午後の2時を過ぎた時間だった。急に、どうしても食べたかったという気持ちになる。ここはもう一回来ないとだめな店だと決意する。
 気を取り直して、④の道へ。駅から右に出て、まっすぐ行ってすぐ右に曲がる道だ。住んでいた頃は、この道を通って駅に行っていた。和菓子屋や西友や飲食店などがある。今はもうないが、その頃でも珍しかった家まで届けてくれるクリーニング店があり、そこの奥さんと若奥さん(娘さん?)はとてもいい方たちだった。ぼくらが少し離れた駅に引っ越してもしばらくお願いしていたのだが、かえって迷惑をかけているようで結局やめたのを思い出す。この店のそばには昔ながらのパン屋さんがあった。食パンの味の違いなどあるとも感じていなかった自分が、はじめておいしいと思えた食パンをつくっていた。ふわりと甘くて、やわらかくて、いい匂いがする食パンだった。妻が、一ヶ月後に店を閉める情報を、家に入るなり興奮して話していたほど、我が家にとって大切なパン屋だった。どうしてもあの味がなくなることに我慢できず、妻にその店で修行してほしいとお願いしたほど好きだった。やっぱりぼくが、一ヶ月弟子入りすればよかったと、今でも思うときがある。おじさん、おばさんは元気だろうか(というほど言葉を交わすほどの間柄でもなかったのだけれど)。この道をもっと奥に行くと交差点に出くわす。右角には銭湯があり、ぼくの家はこの先にあった。銭湯から交差点を挟んだ向こう側には、安くておいしい八百屋がある。いつも並ぶほど混んでいる店だったが、覗いてみると今も繁盛しているようで、なんとなく嬉しかった。
久しぶりの下丸子。もっと早く来ればよかったとしみじみ思ったので、仕事の話を家で話すことなどほぼないぼくだけど、今日の出来事を妻に話してみたら、今度行ってみたいと言う。なんだ、それなら今度は、2人で行ってみるか、とまた思った。

案内人:筒井ハジメ
写真はこちら

案内人

商店街。ひと、もの、あじ

  • 魚清

    魚清

    創業70年以上続く老舗の魚屋。厳しそうなご主人が魚を捌いて盛り付けている。 店内は昔ながらの魚屋で、ご主人は長靴に大きな防水エプロン。 大きくて分厚いまな板、床には常にホースから水が流れている。 小さい頃の記憶が蘇り、なつかしく思い、 女将さんに実家が魚屋だった話しをしたらとても喜んでくれた。 こういう昔ながらの魚屋さんがいまもあるのがとても嬉しかった。

    魚清

    魚清 魚清

    創業70年以上続く老舗の魚屋。厳しそうなご主人が魚を捌いて盛り付けている。 店内は昔ながらの魚屋で、ご主人は長靴に大きな防水エプロン。 大きくて分厚いまな板、床には常にホースから水が流れている。 小さい頃の記憶が蘇り、なつかしく思い、 女将さんに実家が魚屋だった話しをしたらとても喜んでくれた。 こういう昔ながらの魚屋さんがいまもあるのがとても嬉しかった。

  • CoffeeRoast VIALE

    CoffeeRoast VIALE

    コーヒーの香ばしい匂いに誘われて、 ふらっと店内へ入ると、入り口にはコーヒー豆がずらっーと並ぶ。 海外から取り寄せた店主厳選の豆は50種類以上の生のコーヒー豆を用意している。 客の好みを聞いて店主が丁寧に時間をかけて焙煎してくれる。 店主は、もともとラテアートをやりたくてコーヒー店を始めたが、 エスプレッソに合う美味しい豆が見つからず、自ら焙煎しようとしたのがきっかけで、 ラテアートそっちのけで焙煎にハマり、コーヒー豆専門店になった。 香り高いコーヒーで本当に美味しかった。

    CoffeeRoast VIALE

    CoffeeRoast VIALE CoffeeRoast VIALE

    コーヒーの香ばしい匂いに誘われて、 ふらっと店内へ入ると、入り口にはコーヒー豆がずらっーと並ぶ。 海外から取り寄せた店主厳選の豆は50種類以上の生のコーヒー豆を用意している。 客の好みを聞いて店主が丁寧に時間をかけて焙煎してくれる。 店主は、もともとラテアートをやりたくてコーヒー店を始めたが、 エスプレッソに合う美味しい豆が見つからず、自ら焙煎しようとしたのがきっかけで、 ラテアートそっちのけで焙煎にハマり、コーヒー豆専門店になった。 香り高いコーヒーで本当に美味しかった。

商店街。MAP

  • ●住所
     ・大田区下丸子3丁目7

コメント

*が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

トップへ
街てく。