上井草
西武新宿線 上井草駅

上井草商店街

商店街一覧

甘い蜜色のマドレーヌを食べながら

まっすぐなバス通りを駅に向かって歩いていく。
静かな住宅街からだんだんと人や車の通りが多くなり、
遠くに見えていた線路の踏切が近づいてくる。
すぐ手前まで歩いていき、踏切越しにホームをのぞくと
電車が止まっているのが見える。
西武線といえば黄色が定番のはずだが、
止まっているのは、かっこいいブルーとシルバーの車両。
最近の車両なんだろうか。
少し丸みを帯びた車体に大きな窓。
せっかくなので写真を撮ろうとバッグの底に落ちたスマホを手で探る。
うまく取り出せずにもたもたしていたら、
発車のベルが鳴り電車がゆっくりと動き出す。
拝島行きのその電車は、静かにホームから離れて行ってしまった。
今日は西武新宿線の「上井草駅」にやって来た。

「上井草商店街」は駅を中心に、十字に大きく広がる商店街だ。
東西南北にそれぞれ通りがあり、多くの店舗が並んでいる。
お昼の12時を過ぎていたので、駅前は人で賑わい、
改札のすぐ横にあるパン屋の前には
買い物客の自転車がずらりと並んで止まっている。
もう9月も後半だというのに、まだまだ日差しはきつい。
左右上下とまっすぐに伸びた商店街の道幅は広く、あまり日陰はない。
直射日光を避けるように道のはしっこを歩いてはいるが、
暑さで体が汗ばんでくる。

東通りをしばらく行くと、
小さなケーキ屋さんを見つけたのでさっそく立ち寄ってみた。
お店に入るとオリジナルのケーキや焼き菓子がたくさん並んでいる。
「菓子屋カランドリエ」の店主は、小学生のころから上井草に住んでいて、
2016年にこの場所にお店をオープンしたそうだ。
今の時期は、栗やカボチャのお菓子が人気のようだ。
棚の上にアニメのキャラクターのぬいぐるみが並んでいるので、
気になり尋ねたところ、上井草に拠点を置いていた
アニメ制作会社とのコラボレーション商品とのこと。
このお店ならではのオリジナルのお菓子もあるようだ。
話しを聞くうちに、これまで私が訪れた商店街の話しになり、
以前、お隣の駅にある井荻商店街に登場した
「モリヤハチミツ」店のハチミツを使ったマドレーヌもあるという。
まさに私が知る二つのお店のコラボレーション商品とは、
偶然であるにせよとても嬉しくなり、
貴重なこのスペシャルコラボのマドレーヌを買って帰ることにした。
しかし、上井草をよく知る店主は、最近は個人商店も減ってしまい、
商店街の風景もだいぶ変わってしまったと、そんなことも言っていた。
駅前に老舗のお店がいくつかあることを教えてもらったので
カランドリエを後にして、さっそくそちらに向かうことにした。

サンドイッチとコーヒーの店「カリーナ」は、
踏切を越えて北通りに入ったすぐのところにある。
赤いレンガのビルの一角にある小さなお店だが、
この日は残念なことに店頭のガラスケースの中には
サンドイッチは見当たらず「本日は完売です」と、
紙が貼られていた。
ガラスの小窓からお店の中を覗くと、店員さんらしき女性たちが、
着ているエプロンを外して帰り支度をしている。
引き止めるようで申し訳ないと思いつつも、窓越しに外から声を掛けると、
少しだけ話しを聞くことができた。
お店の外看板に書かれてあるように、
昔は店内でコーヒーも飲むことができたようだが、
今は手作りのサンドイッチをテイクアウトのみで販売しているそうだ。
かなりの人気店なようで、今日のような平日でも
早い時間にサンドイッチは完売してしまうらしい。
ガラスケースに残された「ハムカツ、コロッケ、ツナタマ、パンプキン…」
書かれた値札だけで想像するサンドイッチは、やはりとても美味しそうだ。

カリーナから少し歩き、商店街を離れた。
上井草に来たのでぜひ行ってみたいところがあった。
駅から歩いて5分ほどのところに「ちひろ美術館」はあった。
建物の周辺には背の高い木々が生い茂り、
辺りは住宅街なのにその美術館は小さな森の中にあるようだった。
今まで熱いアスファルトの上を歩き回っていたので、
ヒンヤリと澄んだ空気が肌に触れて心地が良い。
画家であり絵本作家の「いわさきちひろ」は、
この地に家を建て晩年を過ごした。
そして没後、この場所に子どもたちでも楽しめる絵本美術館が開館された。
私は小学生のころ、いわさきちひろの絵がとても好きで、
友だちと一緒に作品のポストカードを買って集めるのが
ちょっとした遊びになっていた。
子どもながらに、彼女が描く赤やピンクやブルーの淡い色彩に心を弾ませ、
そのやさしく繊細なタッチに見惚れたものだ。
大きな美術館ではないので、作品の展示数も多くはなかったが、
自宅跡地ということでアトリエが再現された部屋などもあり、
絵本作家である彼女の人柄が垣間見えるような気がした。
ひとつひとつゆっくり見て回っていると、
なんとなく見覚えのある作品もあったりと、
昔を思い出しなつかしくなった。

展示されているいくつかの作品の下には、
いわさきちひろの書籍やインタビュー記事など、
自身の言葉が添えられていた。
その中で、一枚の幼い少女の絵が目に止まった。
そこには「大人になること」というタイトルで
絵本雑誌から抜粋された彼女の言葉が記されていた。
「世の中の人は自分が若かった頃を良いときだった、と言うが、
苦労をし失敗をかさね大人になった今の自分は、
何も知らなかった娘時代にはもどりたくない」と、
そこに描かれた少女から受ける印象に反するような、
そんな内容だった。
他にも彼女が残した言葉を読んで回ると、
色鮮やかな作品だけではない、
ひとりの作家として生きたいわさきちひろを知ることができた。

家に帰り、さっそく買ってきたマドレーヌを取り出し、
ラッピングされた袋を開けてみる。
黄色くころんとした焼き菓子は「MITSUIRO」という名の通り、
はちみつのやさしい甘さが口の中に広がった。

ふと、美術館で見たことばが頭に浮かんだ。

「もちろんいまの私がもうりっぱになってしまっていると
いっているのではありません。
だけどあのころよりはましになっていると思っています」

友だちとふたり、雑貨屋で買ってきた新しいポストカードを、
お互い見せ合いっこをしながら喜んでいたあの頃から、
私も少しはましなおとなになれているだろうか。

二個目のマドレーヌを口に運びながらぼんやりと考えてみたが、
答えはなかなか出そうにない。
それより今は、
この蜜色の甘いマドレーヌをゆっくりと味わうことにしよう。

案内人:庄尾なつみ
写真はこちら

案内人

商店街。ひと、もの、あじ

商店街。MAP

  • ●住所
     ・杉並区上井草2丁目45−6

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