中野
東西線 中野駅

中野レンガ坂商店会

商店街一覧

中野の小さな坂道に南欧の風が吹いていた。

中野駅南口を出て中野通りを渡ると直ぐの処に、
ビルとビルの狭間にレンガが敷き詰められた
可愛らしい坂がある。
狭い坂の入り口には門柱に支えられたアーチがあり、
そこには「RENGA ZAKA EST 2002 NAKANO RENGAZAKA STREET」
と記されている。
アーチを潜ると近くには水場があり、
通りの左右に植えられた草花が訪れる人を出迎えてくれる。
どこかヨーロッパ、それも南欧の路地裏に紛れ込んだ気分だ。
「中野レンガ坂商店会」は、100メートル程の短い通りだ。
坂の頂は、以前訪れたことがある桃園商店街に行き当たる。
坂道には、フレンチ、イタリアン、スペイン、
タイ、寿司、焼肉、焼鳥、バー、スナックなど、
多彩な飲食店が軒を連ねている。
通り全体の雰囲気は欧風なのだが、店舗はなかなかの多国籍。
毎日呑みに訪れても一か月は違う店を楽しむことが出来そうだ。
飲食店が目立つ中、坂の入り口近くに
黄色いサンシェードが際立つ物販の個店があった。
ショーウィンドウには
「創業 明治十九年」と記された色紙が飾られている。
店に入ると奥から四代目の店主が出てきてくれた。
ここ芭蕉堂印房は四代目とご子息の五代目とで暖簾を守る印章店だ。
店の棚には水牛や柘の他に水晶や象牙などの高価な素材も並んでいる。
壁には「福」の文字を百種類の書体で記した額が掛けられている。
芭蕉堂印房で作る印章の仕上げは手彫りだ。
一人前になるにはどれくらいかかるのか四代目に尋ねると
「一生かかるよ。それでも形になるには5~10年は必要かな」
と話してくれた。
四代目が店の奥から坂道の古い写真を出してきた。
1950年代の写真に写る坂のアーチには「桃園通り商店街」と記されている。
当時、飲食店は少なく芭蕉堂の隣は呉服店で他に瀬戸物店や果物店など、
物販の個店が数多かったとのことだ。
話をしていると一人の黒人がフラリと店に入って来た。
ブラザーは印章を作りたいらしいのだが、
店主が出来上がりは明日以降になると告げると残念そうに店を後にした。
印相体や篆書体など、書体で印影のイメージはかなり変わる。
レンガが敷かれ、緑に包まれた中野レンガ坂商店会も
桃園通り商店街の頃とは雰囲気が大きく変わっている。
もちろん中身が一番大切だが、見た目も印象を左右する。
いい年をして、Tシャツばかり着ている僕は少し恥ずかしい気がした。

案内人:小林猛樹
写真はこちら

案内人

商店街。ひと、もの、あじ

  • 芭蕉堂印房

    芭蕉堂印房

    四代目と五代目が暖簾を守る印章店。創業は明治19年に遡る老舗だ。四代目に話を聞くと、中野での営業は戦後すぐから、それ以前は神田で店を開いていたそうだ。店の棚には、水晶や象牙、鶏血石などの高価な印章の素材が並んでいる。芭蕉堂印房の印章の仕上げは手彫りだ。中野レンガ坂商店会には、世界に一つだけの印章を作り出す職人の手がある。

    芭蕉堂印房

    芭蕉堂印房 芭蕉堂印房

    四代目と五代目が暖簾を守る印章店。創業は明治19年に遡る老舗だ。四代目に話を聞くと、中野での営業は戦後すぐから、それ以前は神田で店を開いていたそうだ。店の棚には、水晶や象牙、鶏血石などの高価な印章の素材が並んでいる。芭蕉堂印房の印章の仕上げは手彫りだ。中野レンガ坂商店会には、世界に一つだけの印章を作り出す職人の手がある。

商店街。MAP

  • ●住所
     ・中野区中野3丁目36−34

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